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沖縄県医師会沿革

沖縄県医師会は、古くは1903年(明治36年)に設立され、以来、時代の変遷の中で、解散と設立を幾度となく繰り返しながら活動を続けてきた。しかし、1944年(昭和19年)10月10日に、米軍機による大空襲(通称十・十空襲)で県病院をはじめ医療機関の大部分が集中していた県都那覇市が壊滅状態となり、医療活動は不可能となったことから、その時点で戦前の沖縄県医師会は事実上の解消となった。

終戦直後は、医師会に代わる組織として、1946年(昭和21年)5月、米軍の指令により沖縄医療団会議が設立されたが、医学会の開催等が活動の中心であった。

1951年(昭和26年)2月23日には沖縄群島医師会が発足、続いて宮古群島医師会、八重山群島医師会も発足した。これが、戦後の沖縄県医師会の創始となった。

1953年(昭和28年)12月28日に、沖縄、宮古、八重山の3群島医師会が合併し、沖縄医師会へ改組され、1956年11月16日に法人の認可を受け、社団法人沖縄医師会となった。同年、傘下として、北部、中部、那覇、糸満、知念、宮古、八重山の地区医師会がおかれた。

その後、公務員医師会、琉球大学医師会、国療沖縄公務員医師会、那覇市立病院医師会、浦添市医師会が加入し現在の11地区医師会となっている。

1972年5月15日に祖国復帰を迎え、社団法人沖縄医師会は社団法人沖縄県医師会となり、同年7月3日には本会会員321名の日本医師会への加入が承認された。この頃より、医師会活動も幅広くなり、医師会事業の3本柱である“地域医療”、“学術”、“医政”を積極的に展開し、現在に至っている。